生存証明。

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十年一昔
電化製品が一気に壊れ始めたので気づいたが、あの人に最後に会ったのはたしか10年前のこの時期だった。

最後に会ったときの会話を思い出すに、20年近く一緒にいたのに何一つ確かな絆がなかったのだと思う。
この10年、会いたいと思うことなど1度たりとてなかった。
あの人が私に会いたいと思ったかどうかは知らない。
だが、会いたいという意思を持っていたとして、その会いたい対象は私ではなく、あの人の言いなりになる都合のいい娘としての私であろうということは確信を持って言える。

この年齢になってみれば、さまざまな事情があったのだろうし、あの人もまた弱い一人の人間にすぎなかっただけだということは理解できる。
理解できるのと、受け入れるのは違うというだけだ。
そして、許すということとも違うということだけだ。

私が何を考えていたかのか、あの人は今でも想像もつかないだろう。
そもそも、あの人は私が意思を持った一人の人間であるということすらわかっていなかったのだ。
私があのときどんな思いでいたのか、推しはかることさえしなかった。

10年間考えて得た結論は、許せないということだった。
そして、この先も一切かかわりたくないということだった。
おまえもハタチ過ぎた大人なんだから許して歩み寄ってやれよと人に言われたことがあるが、何をどう考えてもそれは無理。

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